その場にいない人のことを、よくないあだ名で呼ぶ人が苦手。&その理由。

その場にいない人のことを、本人の前では絶対言えないようなあだ名で呼ぶ人、いませんか。

私は、そういう人が苦手です。

たとえば、眉毛が太くて、ちょっとつながりぎみの人のことを「かもめ」とか。(眉毛がかもめみたいだから。)

たとえば、その人の体の特長や持っているものをあだ名にしたりとか。

そういうのが苦手です。

今まではただ漠然と苦手なだけでしたが、苦手な理由を考えてみました。

①本人の前で言えないあだ名は、悪口と一緒。

悪口が嫌いです。本人の前で言えないあだ名を言っているグループは、大体悪口もたくさんいうグループな気がします。

というか、そもそも他の人に聞かれて困るような話をするから、そういうあだ名が必要だと思うのです。

陰口いってるんだったら、陰ぼめした方が圧倒的にみんな幸せになれるのにな、と思います。

②人間不信になりそう。

悪口・陰口・いやなあだ名をよく言うグループにいる時、一番思うのがこれです。

悪口や陰口は確かに言ってる一瞬は楽しかったりします。

でも、ふと冷静になってしまった時、「今日は〇〇ちゃんの悪口だったけど、もしかしたら自分の悪口も言われているのではないか・・・」と不安になります。

友達だから悪口を共有できるのか。いや、しかし、自分がいないところでは何を言われているかわからない。この関係ははたして友情といえるのか。

本当にいや~な気持ちになるし、思考がぐるぐるして、超めんどくさいです。

③そういう人は信頼できない&自分の弱みを見せることができない。

人の悪口で笑いを取ったり、人の悪口を通してじゃないと人間関係を築けない人のことが信頼できません。

私自身、いらいらしたら誰かにぐちることもあります。だから、盛大なブーメランかもしれません。

それでも、「いらいらしたから愚痴る」というのと、「あらかじめ本人の前では言えないあだ名がある」のとではとても大きな違いがあると思うのです。

「いらいらしたから愚痴る」時、少なくとも「これは言ってもいいかな」と(私は)考えます。

しかし、あらかじめ本人に言えないようなあだ名がある時、「これ言ってもいいかな」のハードルは異常に低くなっているように感じるのです。

悪口を言ってはいけないとは思わないけれど、「この人は悪口言ってもいい人」認定の証として、本人の前では絶対にいえないようなあだ名を言う人のことがやっぱり苦手だし、信頼できません。

そして、そんな人に弱みを見せたら、どんな風に言いふらさるかわかったもんじゃありません。だから、自分の弱みを見せることもできなくなってしまいます。

ただ、そういう人は、弱みを見せなかったら見せなかったで、そのことを悪くいいます。

ものすごくめんどうくさいです。

だから、やっぱり、その場にいない人のことを本人の前では呼べないあだ名で呼ぶ人が苦手です。