嫌々やっていた作業が、いつの間にか「遊び」に変わっていた。

今日、上司から急に新品の鉛筆を30本削るように頼まれた。

他にもしないといけない仕事はあるし、「なんで私がやらないといけないの」と正直思ってしまった。

でも、誰かがやらないといけないことなので、仕方なく引き受けた。

やり始めたはいいものの鉛筆削り(後ろの棒みたいな部分を自分でまわすタイプ)が壊れていて、何度も芯が折れた。芯が折れる度に、心も折れた。

「もうやだなあ」と思ってばかりで、全然やる気が出なかった。

あまりにも芯が折れるので、まわすタイプのものではなく、筆箱に入れておくような小さい鉛筆削りに切り替えた。

一見すると、こちらの方がめんどくさそうに思うかもしれない。しかし、最初に使っていたものがあまりにも使いづらいものだったので、こちらの方が圧倒的に使いやすかった。

大体鉛筆を一本削ると、鉛筆削りの中が削りカスでいっぱいになった。

毎回ふたを開けたり閉めたりするのはめんどくさかったので、ふたを開けっ放しで削ることにした。

そうしたら、面白いことに気がついた。

削りカスの中に時々長いものが混じっていたのを見つけたのだ。

小さなことかもしれないけれど、大きな発見だった。

自然と「どうやったら一番長い削りカスを作れるかな?」と考えていた。

そして、削るたびにゴミ箱に落ちたカスを見て、長いものがないか探した。

長いものを見つけると、一人でにやにやして喜んだ。

最初は嫌々やっていた仕事が、いつの間にか遊びに変化していた。嫌々やっていた時は、イヤでいやで仕方なかったけれど、一度遊びになってしまってからは楽しくて楽しくて仕方がなかった。

削りカスの中でも長いものだけ机に残しておいた。全部削り終わってしまったら、今度は少し寂しくなった。

今回のことから言える教訓は色々あると思うけれど、「嫌々仕事をするな」とか「夢中になれば仕事は遊びになる」とかそんな意識高い系のことをいう資格は私にはない。

だって、この仕事任された時イヤでイヤでしょうがなかったもん。

ただ、一つだけ言えるのは、何かゲーム視点で考えられるようになると楽しくなるんじゃないかな。ってこと。

子どもの頃、多くの人が遊びに夢中になった経験があると思う。仕事と言うと、まじめにやるものだ、というイメージが強くて、遊び要素が少なくなりがちな気がする。

でもそんな中に一つでも遊びの要素が見つけられたら、その仕事はとっても楽しくなるのかもしれない。そんなことに気付かされた一日でした。

読んでいただきありがとうございました。ぐっばい。